田中将大の年棒推移は?年棒の減額はなぜ?メジャー時代との違いを調査

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田中将大の年棒推移は?年棒の減額はなぜ?メジャー時代との違いを調査

今年3月に、大盛況で開幕を迎えた日本プロ野球。現在は交流戦を終え、またチームの優勝に向けて各リーグで熱い戦いが繰り広げられています。

特に今シーズンは各チームの投手力が高く、エースと呼ばれる各球団の存在が大きな役割を担っています。

今回は、そのような高いレベルを誇る投手の中でも、楽天イーグルスに在籍する田中将大について、メジャー時代も含めた年俸推移や現在までの経歴に迫っていきます。

田中将大について

まずは今回ピックアップする田中将大という投手について、簡単なプロフィールをみていきます。

田中将大は1988年11月1日生まれの35歳、兵庫県伊丹市の出身です。同い年の選手には、巨人の坂本勇人や広島カープの秋山翔吾などがいます。

キレのあるストレートと、変化の大きいスライダーやスプリットなど、多くの変化球を操り三振の山を築く投球スタイルです。

また、奥さんは「ヘキサゴン」などで活躍したタレントの里田まい。

プロ入り前の経歴について

田中将大が野球を始めたのは、小学校1年生の時でした。当時はキャッチャーのポジションを担っており、同じチームの坂本勇人とバッテリーを組んでいたといいます。中学では、宝塚ボーイズに所属し、投手も兼任するようになり関西南選抜チームにも選ばれています。

高校時代

高校は、名門校である駒澤大学附属苫小牧高校へ進学。キャッチャー、投手として1年生から試合に出場していました。特筆すべきは、2年夏の甲子園で投手としてチーム最多の投球回を投げてチームを優勝に導き、3年夏の甲子園決勝で3回途中から登板して延長15回まで1失点、そして再試合でも1回途中から7回1/3を投げて3失点抑えるという衝撃的な活躍をみせました。チームとしては優勝を逃しましたが、田中将大個人としては早稲田実業の斎藤佑樹とともに、甲子園のスターとして全国にその名を轟かせました。

結果的に、高校3年時のドラフト会議で5球団から1位指名を受けて抽選の結果楽天が交渉権を獲得・入団しました。

プロ入り後の経歴について

楽天に入団後は高卒ながら、1年目から先発投手としてローテーションをまわり、11勝を挙げて196奪三振を記録し文句なしで新人王を獲得しました。その後もチームのエースとして楽天というチームを支え、2013年シーズンにはシーズンを通して1度も負けず、24勝0敗でシーズンを終えるという驚異的な数字を残しました。その活躍でチームを初のリーグ優勝、日本一へと導きました。また、2013年シーズンは満場一致で沢村賞に選出されました。

翌年からはポスティングシステムを利用してメジャーへ移籍して2020年シーズンまでMLBでの活躍を残してきました。

2021年からは楽天に復帰しチームを支えるベテラン投手の一人として活躍する姿を日本のファンの方々にみせています。

田中将大の年俸について

前述のように、日本やメジャーでトップクラスの活躍を見せてきた田中将大。そんな田中将大の年俸推移に迫っていきます。

日本時代の年俸

メジャーへ渡る前の田中将大の年俸推移は以下のようになっています。

・2007年:1,500万円

・2008年:6,000万円

・2009年:7,500万円

・2010年:1億8,000万円

・2011年:2億円

・2012年:3億2,000万円

・2013年:4億円

メジャー時代の年俸

・2014年:約23億1,000万円

・2015年:約23億1,000万円

・2016年:約23億1,000万円

・2017年:約23億1,000万円

・2018年:約23億1,000万円

・2019年:約23億1,000万円

・2020年:約24億1,500万円

日本復帰後の年俸

・2021年:9億円

・2022年:9億円

・2023年:4億7,500万円

・2024年:2億6,000万円

日本復帰後は、チームの勝ち頭として期待されながらも勝利数よりも敗戦数の方が多く、期待されていたような活躍ができず大幅減俸となっています。

最後に

今回は、球界のスターである楽天の田中将大について、これまでの活躍やそれに伴う年俸推移に迫っていきました。日本球界の日本人歴代最高年俸を記録した田中将大でしたが、直近のシーズンは怪我にも悩まされ、結果が残せずに大幅減俸となっています。

チーム勝利に導くエースとして、再度輝かしい活躍が見られるように応援していきましょう。

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